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福岡高等裁判所 昭和48年(う)311号 判決 1977年10月25日

被告人 吉木定 外二名

主文

原判決中被告人吉木定及び同牛嶋辰良に関する部分をいずれも破棄する。

被告人吉木定及び同牛嶋辰良をそれぞれ懲役三月に処する。

右被告人両名に対し、この裁判確定の日から二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用の九分の八及び当審(差戻前及び差戻後)における訴訟費用の全部を被告人吉木定及び同牛嶋辰良の負担とする。

被告人山下森市に対する検察官の控訴及び被告人三名の各控訴をいずれも棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官樺島明提出(同鎌田亘名義)及び弁護人伊達秋雄提出(前弁護人小林直人、弁護人谷川宮太郎及び同杉光健治連名、但し昭和四二年五月三〇日付のもの)の各控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は弁護人伊達秋雄提出の答弁書(同弁護人、弁護人大野正男、同谷川宮太郎及び同杉光健治連名、但し昭和四二年九月一四日付のもの)のとおりであり、さらに差戻判決後の審理における各主張は検察官田原迫卓視提出の弁論要旨(但し昭和四八年一二月四日付のもの)、弁護人伊達秋雄提出の補充答弁書(一)(同弁護人、弁護人大野正男、同西田公一、同上条貞夫、同谷川宮太郎、同杉光健治)及び同石井将連名及び弁護人西田公一提出の補充答弁書(二)(弁護人伊達秋雄、同大野正男、同西田公一、同上条貞夫、同谷川宮太郎、同杉光健治及び同石井将連名)のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

第一本件の経過

本件は上告審からの差戻事件であり、これまでの審理経過の概略は次のとおりである。

(一)  被告人三名に対する本件公訴事実の要旨は、「被告人吉木定、同山下森市及び同牛嶋辰良はいずれも国鉄労働組合の組合員であり、昭和三七年三月三〇日及び同月三一日の両日に亘り国鉄久留米駅構内で行なわれたいわゆる拠点闘争に参加していたものであるが、第一、列車の正常な運行を阻害する目的をもつて、国鉄労働組合員数十名が国鉄久留米駅長松下敬馬の管理にかかる同駅東て子扱所に侵入して、同月三〇日午後六時頃から翌三一日午前四時三〇分頃までこれを占拠するに際し、(1)被告人吉木定は同月三〇日午後六時過頃同所に侵入し、(2)被告人山下森市は同日同時刻頃同所に侵入し、(3)被告人牛嶋辰良は同月三一日午前零時頃同所に侵入し、以てそれぞれ人の看守する建造物に故なく侵入し、第二、右東て子扱所に対する国鉄労働組合員の侵入占拠によつて列車の正常な運転が阻害される虞れがあつたので、鉄道公安職員藤田喜太雄外約六〇名が同月三〇日午後八時二〇分頃から約七分間及び翌三一日午前二時二〇分頃から約三五分間の二回に亘り、同所入口階段付近に侵入していた右組合員を退去させるに際し、これを妨げる目的をもつて、(1)被告人吉木定及び同山下森市は他の国鉄労働組合員数名と共謀の上同月三〇日午後八時二二分頃から約五分間同所において職務執行中の鉄道公安職員約六〇名に対し水を浴せかけ、(2)被告人吉木定及び同牛嶋辰良は他の同組合員数名と共謀の上同月三一日午前二時二〇分頃から約三〇分間同所において職務執行中の鉄道公安職員約六〇名に対し水を浴せかけ、以て公務員の職務を執行するに当りこれに対して暴行を加えた。」というものである。

(二)  福岡地方裁判所久留米支部は、第一審として昭和四一年一二月一四日、(イ)各住居侵入の訴因については、ほぼ公訴事実(第一)に副う事実を認定し(但し、被告人吉木定の侵入行為は三〇日午後八時頃になされたものと認定。)、(ロ)各公務執行妨害の訴因については、ほぼ公訴事実(第二)に副う外形的事実は認められるが、本件において鉄道公安職員は、東て子扱所入口階段付近を占拠していた労働組合員らを排除するに際し、鉄道営業法その他の法律上許容される限度を超えた著しく強度の実力を用いたものであるから、右排除の職務執行行為は違法というほかなく、これに対して被告人吉木らが水を浴せかけたとしても、公務執行妨害に該当しない旨判示して、被告人三名に対しそれぞれ住居侵入罪につき有罪、公務執行妨害罪につき無罪の判決を言渡した。(以下、これを原判決という。)

(三)  福岡高等裁判所第二刑事部は、控訴審として昭和四三年三月二六日、(イ)原判決の有罪部分に関する弁護人の控訴趣旨に対し、被告人三名の各東て子扱所立ち入りの行為はいずれも違法又は不当視できない争議行為に関連若しくはその一環として行なわれたものであつて、その目的、態様等にかんがみ刑法上違法とはいえない等の理由により、住居侵入罪の成立を否定し、(ロ)検察官の控訴趣意に対し、国鉄労働組合員の東て子扱所に対する侵入占拠は争議行為の一環として行なわれたもので、その所為自体が必しも違法又は不当視できないものであること等にかんがみると、鉄道公安職員はもともとこれらの組合員を同所から退去させえない場合であつたばかりでなく、鉄道営業法四二条一項によつて鉄道係員が、同条項各号の該当者を退去させるに当つては必要に応じて物理的有形力を用いることができるとしても、それは強制にわたらない限度で行使すべきものと解されるところ、本件において鉄道公安職員が組合員の排除に際して用いた実力の程度は右許容の限度を超えたものであつて、適法な職務の執行とはいえないから、排除行動中の鉄道公安職員に対して水を浴せかけた被告人らの各所為は、公務執行妨害罪を構成するものではなく、暴行ともいえない旨判断して、原判決中各有罪部分を破棄し、被告人三名を各住居侵入の訴因につき無罪としたうえ、検察官の各控訴を棄却したものである。(以下、これを旧第二審判決という。)

(四)  最高裁判所大法廷は昭和四八年四月二五日(イ)被告人三名はいずれも管理者たる久留米駅長の禁止を無視し、その意思に反して同駅東て子扱所二階信号所に立ち入つたものであるから、各所為はいずれも住居侵入罪の構成要件に該当するものであり、しかも、これらの所為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実をも含めて、その具体的状況その他諸般の事情を考慮して判定しても、各所為がいずれも刑法上違法性を欠くものでないことは明らかである旨判示して、旧第二審判決はこの点に関し事実を誤認し、且つ憲法二八条の解釈適用を誤つたものであるとし、本件において、国鉄労働組合員らが争議行為に際して東て子扱所を侵入占拠したことは違法であつて、鉄道営業法三七条、四二条一項三号に該当するので、鉄道公安職員は同法所定の鉄道係員として右組合員らを退去させることができるものであり、その際には当該具体的事情に応じて必要最少限度の強制力を用いることができるものと解すべきであつて、この点に関する旧第二審判決の見解は憲法三一条、鉄道営業法四二条等の解釈を誤つたものである旨判示し、さらに、「鉄道公安職員は必要最少限度の強制力の行使として、信号所階段等にいる労働組合員らに対し、自発的な退去を促し、これに応じないときは、階段の手すりにしがみつき、あるいはたがいに腕を組む等して居すわつている者に対し、手や腕を取つてこれをほどき、身体に手をかけて引き、あるいは押し、必要な場合にはこれをかかえ上げる等して階段から引きおろし、これが実効を収めるために必要な限度で階段下から適当な場所まで腕をとつて連行する等の行為をもなしうるものと解すべきであり、また、このような行為が必要最少限度のものかどうかは労働組合員らの抵抗の状況等の具体的事情を考慮して決定すべきものである」とし、かかる法令解釈のもとに本件の状況をみると、鉄道公安職員らの実力行使は必要最小限度の範囲内にあつたものと認める余地があり、もしそのように認められるとすれば、鉄道公安職員の排除行為は適法な職務の執行であり、これを妨げるために水を浴せかけた所為は公務執行妨害罪を構成するものと解されるので、この点につきさらに審理する必要がある旨判示して、原判決(旧第二審判決)破棄、差戻の判決をなしたものである。(以下、これを差戻判決という。)

以上(一)ないし(四)のとおりなので、当裁判所は前記各控訴趣意書及び答弁書の所論にかんがみ記録を検討し、とくに差戻判決が示した法令解釈に基づき鉄道公安職員の実力行使が必要最少限度の範囲内にあつたものか否か等に関し更に事実の取調を行つて、その審理を遂げたものである。

第二当裁判所の判断

一  弁護人の控訴趣意(事実誤認に基づく法令適用の誤り)について。

所論は要するに、被告人三名の久留米駅東て子扱所に対する各立ち入り行為につき住居侵入罪の成立を肯認せる原判決は、各行為の正当性等に関し事実を誤認し法令の適用を誤つたものである。すなわち、国鉄労働組合の本件久留米駅における職場集会等の闘争は争議行為として明らかに正当性を有するものであるところ、(イ)被告人吉木定は、右闘争に参加すべく集つてきた仲間の組合員の荷物を東て子扱所二階の信号所に預ける目的で、未だ鉄道公安職員による第一次実力行使が開始される前に、一時的に右信号所に立ち入つたものであり、(ロ)被告人山下森市は、右信号所に勤務する三名の組合員に対して職場集会への参加を勧誘、説得する目的で、第一次実力行使が開始される前に、同所に立ち入つたものであり、(ロ)被告人牛嶋辰良は、久留米駅における組合側指導部の一員として、第一次実力行使が中止されたのちの情勢や組合側の方針などを信号所内にいた組合員に伝達等する目的で、同所に立ち入つたものであつて、いずれも争議行為に関連した正当な組合活動等であり、ことに被告人山下森市や同牛嶋辰良の如く、オルグ活動のために信号所内に立ち入ることは、国鉄当局においても従来から黙認していたものである。したがつて、被告人三名の各所為は住居侵入罪の構成要件に該当しないか、形式的に該当するとしても違法性を欠くものというべきである。しかるに原判決は、原審弁護人の主張を排斥して被告人らの各所為の正当性を否定するのであるから、立ち入りの動機や態様その他正当性を基礎づける事由を看過又は誤認し、そのために法令の適用を誤つたものであつて、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れないというのである。

よつて検討するに、

原審取調の関係証拠によれば、国鉄労働組合門司地方本部は同組合の特別執行委員会の指令に基づき、年度末手当に関する要求実現のため、昭和三七年三月二八日指令職場(八幡駅及び久留米駅)において、同月三一日勤務時間内二時間の職場大会を実施することにし、そのための組合員らの動員等を指令したこと、他方、国鉄当局は同月二九日門司鉄道管理局長において、一般職員に対し闘争に参加しないよう警告を局報に掲載し、翌三〇日には国鉄労働組合門司地方本部に対し時限ストの中止方を申し入れ、久留米駅においても同月二九日午前中に同駅長が列軍運行上重要な施設である東、西て子扱所二階の信号所の保全のため、同所に係員以外の者の入室を禁ずる旨の掲示をするなどの対策を構じたが、組合員らはかかる警告等を無視して闘争に入つたこと、(2)被告人吉木定は国鉄労働組合門司地方本部長崎支部肥前山口分会執行委員長であり、同山下森市は右長崎支部長崎分会執行委員長であり、同牛嶋辰良は右門司地方本部執行委員であつて、久留米駅における国鉄労働組合の闘争に参加したものであるが、(イ)被告人吉木定は同月三〇日午後六時三〇分頃から多数の組合員らとともに国鉄久留米駅東て子扱所二階の信号所に通ずる階段に立ち並んでいわゆるピケツトの配置についたところ、同日午後八時頃鉄道公安職員による実力行使が予測されたので、組合員の所持品等を持つて右信号所に立ち入り、(ロ)被告人山下森市は同月三〇日午後四時頃、右信号所の勤務者(三名)に対し翌三一日の勤務時間内職場集会に参加することを勧誘等する目的をもつて、右信号所に立ち入り、(ハ)被告人牛嶋辰良は翌三一日午前零時頃東て子扱所に赴き、組合員らに対していわゆるピケツトの強化を図るためその配置などについて指導したのち、二階信号所の組合員らに情勢を説明等する目的で、同所に立ち入つたことがそれぞれ認められる。

ところで所論は、被告人三名の信号所に対する右の各立ち入り行為は、いずれも争議行為に際して行なわれた正当な組合活動等であるから、住居侵入罪の構成要件に該当せず、そうでないとしても違法性を欠くものであるというのである。

しかしながら、先に(本件の経過説明において)説示したとおり旧第二審判決が、前示(1)及び(2)の如き事実関係を認定しこれを前提として、所論と同趣旨の理由により被告人三名の各立ち入り行為はいずれも刑事制裁の対象とはならない旨判断したところ、差戻判決は右判断の正当性を否定し、前示(1)及び(2)の事実関係のもとにおいても、被告人三名の信号所に対する各立ち入り行為はいずれも住居侵入罪の構成要件に該当するものであり、右の争議行為に際して行なわれたものであるという事実を含め当該行為の具体的状況その他諸般の事情を参酌してみても、各所為が刑法上の違法性を欠くものでないことは明らかであるというのであつて、事実関係を同じくする限り、当裁判所も差戻判決が右に示した法律上の見解と判断に同調するものである。

しかして、差戻後の当審における事実取調の結果を加えてさらに関係証拠を検討しても、右差戻判決が前提とせる事実関係と実質的に相異する事実は認められないので、被告人三名の信号所に対する各立ち入り行為はいずれも住居侵入罪の構成要件に該当するばかりでなく、その違法性も否定できないものと認めるを相当とするのである。

そうしてみると、被告人三名の各立ち入り行為につき、正当性の存在を否定して、住居侵入罪の成立を肯定した原判決には、所論の如き誤認に基づく法令適用の誤りは存しないものである。(なお、関係証拠に照らすと前示(2)(ロ)の如く、被告人山下森市は昭和三七年三月三〇日の午後四時頃、未だピケツトがはられる前に信号所に立ち入つたものと認められるので、これを午後六時過頃ピケツトがはられた際に信号所に立ち入つた旨認定した原判決は、立ち入り時刻等につき事実を誤認したものというべきであるが、右の誤認部分は判決に影響を及ぼすものとは認められない。)論旨は理由がない。

二  検察官の控訴趣意第一点及び第二点(事実誤認及び法令適用の誤り)について。

所論は要するに、本件鉄道公安職員の職務執行を違法とし、これに対して水を浴せかけて妨害した被告人三名の各所論につき公務執行妨害罪の成立を否定した原判決は誤りである。すなわち、原判決は本件において、鉄道公安職員は鉄道営業法四二条一項に基づき、東て子扱所を占拠し階段近付に坐り込んだ国鉄労働組合員らを、鉄道地外に退去させることができるものであるとしながら、その際人身の安全等をおびやかさない程度の実力をもって退去を強制しうるにすぎないものと解されるところ、本件の鉄道公安職員の実力行使は著しく強度なものであつて許容されている退去強制の限度をはるかに超えたものであるから違法な職務執行というほかなく、被告人三名らがこれに対して水を浴せかけたとしても、公務執行妨害罪は成立しないというのである。しかし、本件鉄道公安職員の実力行使は著しく強度なものではなかつたし、仮に強度なものがあつたとしても、国鉄労働組合の闘争の実情、階段付近における組合員らの抵抗の強さや態様等に照らせば、真に必要最少限度の範囲に止まつていたものである。しかして、鉄道公安職員が鉄道営業法四二条に基づいて同法三七条に違反する公衆等を鉄道地外に退去させるに際しては、相手の抵抗等の具体的状況に応じて必要最少限度の強制力を行使できるものと解すべきであるから、本件鉄道公安職員の排除行為は適法な職務執行であり、これに水を浴せかけて妨害した被告人らの各所為が公務執行妨害罪に該当することは明らかである。したがつて、原判決は公務執行妨害罪成立の前提たる鉄道公安職員の実力行使の程度等の職務執行の適法性に関連する事実を誤認し、また許容される強制力の限度につき鉄道営業法の解釈を誤つたものというべく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れないというのである。

ところで、所論主張の鉄道公安職員の職務執行の限度等に関しては、先にも(本件の経過説明において)援用したとおり、差戻判決が詳細に説示しているところである。これに依れば、(イ)鉄道営業法上の鉄道係員たる鉄道公安職員が、同法四二条一項により公衆等を車外又は鉄道地外に退去させるに当っては、まず自発的な退去を促すのが相当であるが、自発的な退去に応じない場合、または危険が切迫する等やむをえない事情がある場合には、……当該具体的事情に応じて必要最少限度の強制力を用いうるもの」と解すべきであり、(ロ)本件の如く多数の労働組合員らが争議に際してその勤務から離れ、久留米駅長らの警告を無視して国鉄の業務運営上重要な施設である同駅東て子扱所二階の信号に立ち入り、同所階段に坐り込んで管理者の管理を事実上排除したような場合には、国鉄当局において信号所の管理を回復するために、労働組合員らの排除を図りうることは当然であつて、(ハ)その際の鉄道公安職員は、労働組合員らに対してまず自発的な退去を促すべきであるが、これに応じないときには「階段の手すりにしがみつき、あるいはたがいに腕を組む等して居すわっている者に対し、手や腕を取ってこれをほどき、身体に手をかけて引き、あるいは押し、必要な場合にはこれをかかえ上げる等して階段から引きおろし、これが実効を収めるために必要な限度で階段下から適当な場所まで腕をとって連行する等の行為をもなしうるものと解すべきであり、そして、このような行為が必要最少限度のものかどうかは、労働組合員らの抵抗の状況等の具体的事情を考慮して決定すべきものである。」というのであり、当裁判所も右の判示と法律上の見解を異にするものではない。

そこで、右に示された法令解釈に従い、これに基づいて鉄道公安職員による本件実力行使が必要最少限度の範囲内にもあつたのと認められるか否かを検討し、公務執行妨害罪の成否につき判断すべきところであるが、差戻判決の右判示部分((ハ)の部分)そのものの解釈につき争いが存することにかんがみ、予めこの点に関する当裁判所の見解を示しておくこととする。

(1)  鉄道公安職員の本件実力行使が必要最少限度の範囲内にあつたか否かを判断するに当り考慮すべき「具体的事情」について。

弁護人の所論によれば、この点に関し差戻判決の例示せる「労働組合員らの抵抗」の状況のほか、実力行使の必要性の有無及びその程度なども含まれ、本件に即していえば、国鉄労働組合員らが東て子扱所に立ち入るに至つた動機ないし経緯、右立ち入りによる列車運行上の支障、その他の具体的危険発生の有無及びその程度、実力行使による排除以外にとるべき方法の有無等の諸般の事情はいずれも、右にいわゆる具体的事情として考慮されるべき事柄であるというのである。

しかし、差戻判決にいう「労働組合員らの抵抗の状況等の具体的事情」とは階段を占拠せる労働組合員らの抵抗ないし反撃の状況、二階信号所からの労働組合員らの抵抗ないし妨害の状況及び実力行使が行なわれた階段やその周辺の場所的状況などを意味し、主として実力行使時における対応状況であつて、実力行使の開始前における状況まで含むものとは解されないので、弁護人が挙示するが如き事情はこれに含まれないものと解するのが相当である。けだし、差戻判決は先にも要約した如く、まず、本件において労働組合員らが争議に際して東て子扱所二階の信号所や階段等を占拠等したことは、その動機ないし目的や経緯等を斟酌しても違法というべきものであつて、鉄道営業法三七条に該当するので、鉄道公安職員は同法四二条によりこれを退去せしめることを得る場合である旨判示していること、次に、労働組合員らに占拠等された東て子扱所は、鉄道地内の施設の中でも国鉄の業務運営上重要な施設であるから、列車の正常かつ安全な運行に責任を有する国鉄当局としては、すみやかにその管理を回復するために労働組合員らの排除を図りうるものである旨判示して、東て子扱所からの排除行為の必要性ないし緊急性を肯定した上、さらに進んで、自発的な退去を促すという方法をとっても労働組合員らがこれに応じない場合における強制力の限度に言及し、これは「労働組合員らの抵抗の状況等の具体的事情」を考慮して決定すべきものである旨説示しているのである。言い換えれば、差戻判決は弁護人が主張するような実力行使開始の必要性については、先に十分検討してこれを肯定したうえ、実力行使の限度を論じているものであるから、その実力行使が必要最少限度の範囲内にあつたか否かの判定に当って、再び実力行使開始の必要性を考慮すべきであるとしているものとは到底解されないところである。(このことはまた、差戻判決が鉄道公安職員の権限に関して前示の如き法令解釈を示したのちに、本件における鉄道公安職員の実力行使の適否を吟味して、これが必要最少限度の範囲内にあつたものと認める余地がある旨判示するにあたり、そこに列挙している具体的事情が階段上及び二階信号所内における労働組合員らの抵抗の状況と対応の方法などに限られていることによつても、窺われるところである。)

なお、鉄道公安職員の本件実力行使が必要最少限度の範囲内にあつたものか否かは、第一次的には実力行使の対象となつている階段上の労働組合員らの抵抗ないし反撃の状況を考慮して決定すべきものであり、二階信号所内にいる組合員らの攻撃があるからといつて、より強度の実力行使が当然に許容されるというものではないけれども、しかし二階信号所からの妨害が存する場合は、鉄道公安職員においてかかる妨害を回避しながら、又その結果生じたより困難な状況の下で、階段上の組合員らを排除することを余儀なくされるものであることは疑いない。したがつて、かかる二階からの妨害は、少なくとも階段の幅や傾斜などの場所的状況と同様の意味において、許容される実力行使の程度ないし方法の限度に影響を与えるものであるから、これも右にいわゆる「具体的事情」に含まれるものと解すべきである。

(2)  本件において鉄道公安職員に許容される実力行使の限界とこれを超える実力行使が存する場合の公務執行妨害罪の成否について。

弁護人は、差戻判決が挙示している「(組合員らの)手や腕を取ってこれをほどき、身体に手をかけて引き、あるいは押し……」などの行為は、「労働組合員らの抵抗の状況等の具体的事情」の如何を問わず、鉄道公安職員に許容されている最大限度の実力行使であり、右に挙示された行為を超える実力行使は常に違法なものと解すべきであると主張するのである。

そこで、この点に関して考えてみるに、弁護人の右見解も結論的には相当というべきであつて、差戻判決も本件のような場合には右の如き行為をもって、鉄道営業法上鉄道公安職員に許容されている強制力の行使として最大限度のものを挙示したものと解するのが相当である。したがつて、差戻判決に挙示された行為を超える強度の強制力の行使、例えば放水や警棒の使用はもとより、労働組合員らをことさら、殴打したり、足蹴りしたりすること、あるいは組合員らの足だけを持って階段を引きずり下ろすことなど、傷害の結果が当然に予見されるような行為は、組合員らの抵抗の強度如何にかかわらず原則として許容されず、排除行為として違法なものというべきであり、他面、差戻判決に挙示された行為といえども、組合員らの抵抗がないなど必要もない場合であればやはり違法というべきものである。

尤も、本件で検討さるべきは約六〇名の鉄道公安職員集団による全一的な職務執行の適法性であつて、個々の鉄道公安職員の個別的な排除行為の中に、右の如き意味における許容限度を超えた違法なものが介在したとしても、そのことにより直ちに全体としての職務執行そのものが違法視され、これに対する公務執行妨害罪の成立が否定されるものではない。

およそ、個々の公務員に対する当該職務執行の対象者又は第三者による個別的な公務執行妨害罪ではなく、本件における如く命令により統制された公務員の集団による職務の全一的執行に対し、これを妨害する場合、とりわけ直接に執行の対象となつていない者が側面から右の職務の集団的執行を妨害する場合は、当該職務の執行における個々の公務員の行動は右の全体としての集団的執行の部分を構成するものにすぎないと同時に、妨害は右の全体としての執行集団に向けられるものであるから、両行動の評価、就中公務執行の適法性又は違法性を判断する場合には、個別分析的な観察は適せず、全体総合的な観察に依らなければならない。すなわち、個々の公務員の行動の適法(又は違法)をみるだけではなく、そのような部分的評価を含め集合的全体としての行動の適法(又は違法)を考察すべきものである。したがつて、指揮者の命令等により許容限度を超える違法な職務執行が行なわれる場合の如く、全体としての集団自体の職務執行がはじめから違法とみられる場合(本件においては後記の如くかかる事情は認められない)は別として、しからざる場合には、集団中の公務員の職務執行に違法な部分が認められても、その部分的な違法行為が集合的全体としての職務執行を全面的に違法視させる程度に支配的なものか否かを検討すべきであり、とくに違法な職務執行がなされた理由や違法の程度、かかる違法な職務執行が職務執行の全体に占める度合などを総合的に判断した結果、その集団の職務執行を違法視させるまでに至らないと認められるときは、その公務員の集合的全体としての職務執行は適法であつて、これに対する暴行又は脅迫による妨害行為が公務執行妨害罪を構成する妨げとなるものではない。(但し、このような場合においても、暴行又は脅迫の所為が個々の違法な職務執行のみに向けられた場合の如く、対象を限定した抵抗又は避難のためのものであるときには、当該個別的な事件としての公務執行妨害罪の成立は否定されなければならない。)

そこで、以上の見解に基づき鉄道公安職員の本件実力行使が必要最少限度の範囲内にあつたものか否かを検討し、本件排除行為の適法性を判断すべきところ、原審及び当審において取調べた関係証拠を総合すると、次の各事実が認められる。すなわち

(1)  (実力行使の行なわれた場所等の状況)

(イ) 当時の国鉄久留米駅東て子扱所は同駅の二番ホームに設置された運転室から上り線路に沿い北方約三一四メートルに位置する木造二階建の建造物であり、階下が継電室、二階が信号所となつていて、信号所への通路は屋外東側壁に取付けられた高さ約三・九メートル、幅約〇・九メートル、傾斜度約四〇ないし四四度の木造階段二〇段(手すり付――但し西側は下方のみ)であり、右階段の下から一一段目と二〇段目には踊り場が設けられていること、

(ロ) 東て子扱所の南方約二・五メートルの地点には電柱が立つており、地上約六メートルの高さに右階段を照らすように斜め下方に向け一〇〇ワツトの電灯が取付けられていて、中間踊り場より下方では夜間新聞が読める程度の照明状態であること、

(ハ) 昭和三七年三月三〇日午後八時頃から翌三一日午前三時頃の間、久留米地方の天候は快晴であつたが月明りはなく、気温は三〇日午後八時に摂氏約六度、三一日午前二時に同約一度であつたこと、

(2)  (第一次実力行使とこれに対する階段上の組合員らの抵抗の状況)

(イ) 昭和三七年三月三〇日国鉄久留米駅に集まつた国鉄労働組合員らは、同日午後六時頃から翌朝に予定された勤務時間内二時間の職場大会を成功させるべく、現地指導部の指示に従つていわゆるピケツトの配置についたが、同駅東て子扱所二階の信号所には、同駅長松下敬馬らの禁止を無視して約二〇名の組合員らが立ち入り、さらに、組合員らは同所木造階段上にも立ち並び、次第にその人数を増して四〇ないし五〇名となり、立錐の余地もない状態となつたこと、

(ロ) そこで、久留米駅長は組合久留米分会事務所にいる組合役員らに対し、東て子扱所にいる組合員らを退去させるべく申し入れ、さらに、三〇日午後七時四〇分頃及び同八時一〇分頃の二回に亘り、同駅首席助役中村正登をして東て子扱所に赴かせて、携帯拡声器により組合員らに対して同所からの退去を要求させ、また国鉄当局の現地対策本部(本部長は門司鉄道管理局営業部長篠原治)の命を受けた鳥栖公安室長藤田喜太雄においても、同日午後八時一〇分頃東て子扱所を占拠等している組合員らに対して、同八時一五分までに退去するよう勧告し、これに応じないときは鉄道公安職員が実力で排除する旨の警告をくり返したが、ピケツトの組合員らは労働歌を高唱し、一向に自発的退去の態度を示さなかつたこと、

(ハ) かくして、三〇日午後八時二〇分頃藤田鳥栖公安室長は、やむなく配下の鉄道公安職員約六〇名(第一小隊――小隊長稲尾威俊、第一ないし第三分隊並びに第三小隊小隊長喜多代朝夫、第七ないし第九分隊所属のもの)に対して、階段上を占拠している労働組合員らを怪我などさせないように注意して実力で排除すべく命じ、これに応じて鉄道公安職員は、まず階段の上り口に立ち並んでいる数名の組合員らを一人ずつその腕や衣服を掴んで引き出し、腕をとり肩を押すなどして後方約一〇メートルの地点まで排除したのち、階段上に坐り込んでいる組合員らを引き抜こうとしたが、組合員らにおいては各段に二ないし三名位ずつ腰を下ろし、互いに腕を組み(いわゆるスクラムを組み)、手すりに手をかけてつかまり、あるいは上段の者が下段の者の腰やベルトを掴み、さらに足をばたつかせるなどして、接近する鉄道公安職員に抵抗したので、鉄道公安職員は三名位が一組となり、一名が組合員らの足を押えつけ、他の者が腕や手や衣服や掴み、スクラムや手すりにつかまつている手をほどくなどしながら組合員らを引き立て、あるいは横や背後まで廻り込み周囲から組合員らの手、足及び胴などをかかえ上げながら、階段の後方(下方)に待機している他の公安職員に順送りした上、階段下から約一〇メートル離れた地点まで腕をとるなどして連行して排除したこと(尤も、階段上で引き立てられるやその後の抵抗をあきらめて進んで下りようとする者に対してはそれ以上の強制力は加えていないこと)、

(ニ) 鉄道公安職員の排除行為(第一次実力行使)は、三〇日午後八時二七分頃約二〇名の組合員らを排除し、中間踊り場の手前付近まで至つたところで中止されたが、この間における鉄道公安職員の実力行使の実態は概ね右(ハ)のとおりであり、ことさらに組合員らを殴打したり足蹴りしたようなことはなく、足だけを引張つて階段上をごとごとと引きずり降ろしたこともないこと(なお、鉄道公安職員は階段の手すりの一部がたわむ状態になるや危険防止のためにこれを地上から支える措置をとつたこと)、尤も、坐り込んでいる組合員らを引き立て若しくはかかえ上げる際に、鉄道公安職員相互の呼吸が合わず、そのため一時的に足だけを引張る形となつたことや、組合員らを引き立てる際に鉄道公安職員の力の方向と抵抗する組合員らの力の方向が一致したはずみで、組合員らを一緒に階段から転落させる格好となつたこともあるけれども、これらは極く僅かの偶発的な出来事にすぎないこと、他方、階段上の組合員らの抵抗等の状況は概ね右(ハ)のとおり消極的ないし受動的なものであり、ことさらに鉄道公安職員を足蹴りしたり、突き飛ばしたようなことはほとんどなかつたこと、

(3)  (第二次実力行使とこれに対する階段上の組合員らの抵抗の状況)

(イ) 第一次実力行使は現場にいた社会党佐賀県議宮崎茂らの申出に藤田公安室長が応じたことから三〇日午後八時二七分頃に中止され、その後国鉄当局の現地対策本部責任者(前示篠原治ら)と組合側の現地指導部責任者(門司地方本部書記長寺崎隆之ら)との間で、事態収拾のための話し合いが持たれたが、結局物別れに終つたので組合側は東て子扱所の占拠態勢を一層強化して、階段上に坐り込む組合員らの人数も六〇ないし七〇名に達し、これに対し松下駅長は、翌三一日午前一時四〇分頃中村主席助役を派遣して、寺崎書記長に対し組合員らを東て子扱所から退去させるべく要求し、また藤田公安室長も東て子扱所に赴きその頃及び午前二時一〇分頃の二回に亘り、組合員らに対して自発的に退去すべき旨勧告すると共に、これに応じないときは同二時二〇分頃より鉄道公安職員が実力を行使して排除する旨警告したけれども、組合員らは少しもこれに応じようとせず、かえつて鉄道公安職員を罵倒し、「今度は千早城をやるぞ。」などと叫ぶ者もいたこと、

(ロ) そこで、三一日午前二時二〇分頃藤田公安室長は、やむなく前記の鉄道公安職員約六〇名に対して労働組合員らを前同様実力で排除すべく命じ、鉄道公安職員はこれに従つて排除行為を開始し、約三〇分後の同日午前二時五〇分頃には階段上の組合員らを全て排除し終えたこと、

(ハ) この間右鉄道公安職員は、前示(2)(ハ)の如き方法で坐り込んでいる組合員らを排除したものであり、ことさら組合員らを殴打したり足蹴りしたことはなく、足だけを引張つて階段上をごとごとと引きずり降ろしたこともないこと、尤も、坐り込んでいる組合員らを引き立て若しくはかかえ上げる際に、上下の者の呼吸が合わず、あるいは二階信号所から浴せかけられる水などを避けようとして体勢が崩れたり、水に濡れて滑り易くなつた足下に注意を奪われたことなどによつて、一時的に組合員の足だけを引張つて一、二段下ろす格好となつたことがあり、又、組合員らを引き立てる際に鉄道公安職員の力の方向と抵抗する組合員らの力の方向が一致したはずみや、水に濡れた階段に足を滑らせたことなどから、当該組合員を一緒に階段から転落させる格好となつたこともあり、しかも、これらの現象は第一次実力行使の場合に比べて若干多かつたとはいえ、全体的にみれば僅かの部分的かつ偶発的なものであつたこと、しかし、極く一部ではあるが鉄道公安職員の中には、たまたま激しい組合員らの抵抗に直面し、足で蹴られたり水を浴せかけられたことなどの事情も加わつて感情的となり、排除する相手の組合員の足だけを掴んで無理に引張るなどの行きすぎた行為に及んだ者もいたこと、他方、階段上の組合員らの抵抗等の状況は概ね前示(2)(ハ)と同様であつたが、第一次実力行使の場合に比して抵抗は強力となり、一部ではあるが組合員らの中には接近する鉄道公安職員をことさら足蹴りしたり又は突き飛ばすような者もいたこと、

(4)  (二階信号所内からの組合員らの妨害状況等)

(イ) 第一次実力行使が開始されるや、その状況を二階信号所の窓から見ていた組合員らのうち数名の者は、上から水を浴せかけて鉄道公安職員の気勢を殺ぎ、その排除行為を妨げようと考え、互いに意を通じた上、三〇日午後八時二二分頃から実力行使が中止されるまでの約五分間、室内に備え付けのバケツや洗面器に水道の水を汲み入れて、これを南側及び東側の窓から眼下の鉄道公安職員をめがけて、無差別的に十数回に亘り浴せかけたこと、そのため排除に従事せる鉄道公安職員の大部分はずぶ濡れとなり、階段も濡れて滑り易く危険な状態となつたほか、信号所内の組合員の中には旗竿を窓から突き出して鉄道公安職員を突いた者もいて、これらの二階信号所からの組合員らの妨害により、鉄道公安職員は頭上にも気を配ることを余儀なくされ、その排除行為は一層困難な状況となつたこと、

(ロ) 第二次実力行使の際においても、二階信号所内にいた組合員らのうち数名の者は共謀の上鉄道公安職員に水を浴せかけることを企て、あらかじめバケツなどに水道の水を溜めて準備し、鉄道公安職員の実力行使が開始されるや直ちにこの水を浴せかけ、以後実力行使が終了する少し前までの約三〇分間、ほぼ間断なく水道からバケツなどに汲み入れた水を数十回に亘り浴せかけ、これがため大多数の鉄道公安職員はずぶ濡れとなつて寒さにふるえ、階段も一層滑り易い状態となつたこと、さらに信号所内の組合員らの中には窓から旗竿を突き出して眼下の鉄道公安職員を突く者や窓から「バンコ」(木製長椅子)、バケツ、洗面器、ビール空缶などを鉄道公安職員めがけて投下する者もいて、これらの二階信号所からの組合員らの妨害により、鉄道公安職員の排除行為は一層困難な状況となつたこと、

(ハ) 被告人吉木定は第一次実力行使及び第二次実力行使の際に、右(イ)及び(ロ)の如く、数名の者と共謀の上、排除行為中の鉄道公安職員に水を浴せかけ、被告人牛嶋辰良は第二次実力行使の際右(ロ)の如く数名の者と共謀の上、排除行為中の鉄道公安職員に水を浴せかけたこと、(なお、被告人山下森市が第一実力行使の際に水を浴せかけた事実が認められないことは後記のとおりである。)

(5)  (鉄道公安職員及び組合員らの負傷の状況)

第一次及び第二次の実力行使に参加した鉄道公安職員のうち二〇名前後の者が傷害を負つたが、その多くは加療三日ないし七日間程度の比較的軽度の擦過傷であり、他方、階段から排除された組合員らの中にも井上俊明、大石克巳及び菊池忠三郎を含む一〇名前後の者が傷害を負つたがそのほとんどは比較的軽度の擦過傷にすぎないこと、これらの鉄道公安職員及び組合員らの負傷者の数などを単純にみると、いかにも排除又は抵抗の烈しさを物語るかの観もないでもないが、その多くは場所が階段であつたことなどの悪条件に起因するものであり、投下されたバンコが当つたことによる池田正敏(鉄道公安職員)の場合等を除くと、いつの間に負傷したのかわからない程度のものであつて、肉体的な攻撃防禦の烈しさを示すものではないこと、特に、前示(2)の(ハ)及び(ニ)、(3)の(ハ)の如き排除行為と抵抗等の状況の中で生じた負傷といつても、無意識又は過誤により惹起した偶発的なものであること、

以上(1)ないし(5)の事実が認められる。

右の事実関係によると、国鉄当局は前示(2)の(イ)及び(3)の(イ)の如き状況の下で、東て子扱所二階の信号所及び同所に通ずる階段を占拠等した国鉄労働組合員に対して、(2)の(ロ)及び(3)の(イ)の如く再三に亘り自発的な退去を促したのであるが、組合員らがこれに全く応じなかつたために、鉄道公安職員において第一次及び第二次の二回に亘り、右階段上の組合員らをやむなく実力で排除するに至つたものであつて、かかる場合に鉄道公安職員が組合員らを実力で排除しうることは差戻判決の判示するところである。

そこで、本件実力行使が必要最少限度の範囲内にあつたものか否かをさらに検討すべきところ、その実力行使の実態は前示(2)の(ハ)、(ニ)及び(3)の(ハ)のとおりであつて、これに対する階段上の組合員らの抵抗ないし反撃の状況(前示(2)の(ハ)、(ニ)及び(3)の、その結果(前示(5))のほか現場の客観的状況(前示(1))及び二階信号所の組合員らによる妨害の状況(前示(4)の(イ)、(ロ))等を考慮するとき、右の実力行使は差戻判決にいわゆる必要最少限度の範囲内にあつたものと認めるのが相当である。すなわち

鉄道公安職員は実力行使として、狭く急勾配の木造階段に坐り込む等した上、腕を組み、手すりを強くつかみ、公安職員に向つて足をばたつかせ又は蹴るなどして抵抗する組合員らに対して、その手や衣服を掴み、組んでいる腕やつかまつている手をほどいて引き立てたり、なおも動かない者の手や足をかかえあげながら順送りに階段から降ろすなどの方法で、後方の地上まで排除したものであつて、かかる強制力の行使は、これを単純に観察する限りかなり強度なものというべきであるけれども、組合員らの抵抗や現場その他の諸状況との関連における相対的な力として動的に観察すると、一方的に強力なものではなく、むしろ必要最少限度のものであつたと認めるのが相当であり、したがつて、右鉄道公安職員の排除行為は適法な職務執行と認むべきものである。尤も、前示(2)の(ニ)、(3)の(ハ)にも現われるとおり、排除に際しては組合員らの足だけを引張る形となつたことや組合員らを転落させる格好となつたことなどもあつたが、右は極めて僅かな部分的現象であり、しかも、そのほとんどが故意になされたものではなく、過誤等に起因する偶発的なものと認められ、ことさらに行き過ぎた行為が全くなかつたとはいえないが、それは極く一部にみられたにすぎないので、かかる行為が介在しても、それは未だ全体としての鉄道公安職員の本件実力行使を違法なものと認めさせるに到底足りないものである。

これに反し弁護人は、鉄道公安職員の本件実力行使は差戻判決に示された必要最少限度を超えたものであつて、違法であるというのである。すなわち

まず弁護人の右所論によれば、鉄道公安職員の本件実力行使が必要最少限度の範囲内にあつたものかどうかの判定に際しては、東て子扱所を占拠等している労働組合員らを強制力で排除する必要性ないし緊急性の有無及び程度等の事情をも考慮すべきものであるとし、本件においては組合員らの右占拠等によつて列車が遅延した事実もその具体的危険性も全くなかつたものであるのみならず、他に事態収拾の方途も存在したものであるから、本件実力行使は許容されない違法なものであつたことが明らかであるというのである。

しかし、本件実力行使が必要最少限度の範囲内にあつたものかどうかの判定に当り、強制力による排除の必要性ないし緊急性等の存否を考慮すべきものとする見解が採用できないことは、すでに説明したところであつて、弁護人の右主張はその前提において失当というほかないものである。(殊に、いわゆる第一次実力行使の開始前の段階において列車遅延の事実は認められず、かえつて右実力行使を契機として東て子扱所二階の信号所との連絡が止絶え、列車が遅延し始めたものであること、右遅延は第二次実力行使の開始前の段階において既に回復し、しかも国鉄当局によりポイント鎖錠の措置もとられていたものであること等の弁護人主張の事情は、旧第二審判決において認定されているところであり、右判決がこれらの事情をも参酌するとき、鉄道公安職員が東て子扱所を占拠等している組合員らを強制力で退去させ排除することのできなかつたものである旨判示したのに対し、差戻判決はこの見解を否定し、鉄道公安職員は列車の正常かつ安全な運行のための重要な施設である東て子扱所を占拠等している組合員らに対し、これを排除するために強制力を行使しうる旨判示しているものであり、差戻後の当審における事実取調の結果を加えても、右判示を変更すべき事由は発見できないので、弁護人の主張は採用するに由ないものである。)

次に弁護人は、鉄道公安職員の本件実力行使は差戻判決の列挙するが如き排除行為に止まらず、抵抗する組合員らを(a)殴打及び足蹴りして階段を降ろし、(b)突き放して地面等にぶつけ、(c)足を引張つて無理に階段を引きずり降ろすなど、激しい暴力行為を伴つたものであるから、必要最少限度の範囲を超えたものであることが明らかであつて、その職務執行の違法は否定できないと主張するのである。

しかし、本件実力行使の実態は前示(2)の(ハ)、(ニ)及び(3)の(ハ)のとおりであつたと認められるものであり、とりわけ、鉄道公安職員において排除に際し組合員らをことさら殴打等した事実や足だけを引張つて引きずり降ろした事実は認められず、足を引張つて降ろすようなことがあつたとしてもそれは過誤による偶発的なものと認められ、若干行き過ぎた行動があつたとしても、それは極く一部の出来事にすぎないものと認められる。

尤も、原審及び当審において取調べた証人の中には弁護人の主張に副うが如き状況を供述する者も存するが、容易に措信し難く、未だ鉄道公安職員の職務執行の違法を認めさせるに足りない。この点に関し若干立入つて証拠を検討するに、

(a) (殴打等の行為について) 原審一五回公判調書中の証人宮崎茂の供述記載部分――以下、単に証人宮崎茂(原審一五回公判)と略記する。――によれば、同人は本件現場において鉄道公安職員が階段の手すりにつかまつている組合員らの手を拳で激しくたたいているのを現認した旨供述しているものであり、又、証人吉田孝美(原審二〇回公判)は本件現場において、鉄道公安職員が組合員らを排除しながらその頭部を手拳で何回も殴打したり、こずいたりあるいは蹴散らしているのを現認した旨供述しているものである。しかし、鉄道公安職員等はもとより原審及び当審で証人として取調べた多数の組合員の供述記載中にもかかる暴力行為は少しも現われず、この点に徴しても右証人宮崎茂及び同吉田孝美の各供述は到底措信できないものであり、その他関係証拠を精査しても鉄道公安職員が組合員らの排除に際してことさら殴打、足蹴りなどの暴力を振つた事実は認められない。

(b) (地面等にぶつける等の行為について) 証人馬場信之(差戻後の当審八回公判)は第一次実力行使の際に階段下から数メートル離れた枕木の積んである場所まで連行され、二人の鉄道公安職員により故意に突き飛ばされて枕木に顔面を激突させられた旨供述し、証人宮崎薫(原審一八回公判)も馬場信之の右被害状況を目撃した旨供述しているほか、証人宮崎茂(原審一五回公判)及び同寺崎隆之(差戻後の当審五回公判)らも鉄道公安職員は連行してきた組合員らを極めて乱暴に突き放して顔面を地面等にぶつけるようにしていた旨供述しているのであるが、かかる行為の存在を否定している鉄道公安職員及び他の組合員らの証言等と比照すると、証人馬場信之らの各供述はそのままには措信し難く、少なくともかかる行為が多数の鉄道公安職員によつて故意になされたものとは認められず、混乱した状態の中で右に類したことが偶発的に生じたとしても、それをもつて鉄道公安職員の排除行為を全体として違法ならしめる程のものとは認められない。

(c) (足を引張つて無理に階段を引きずり降ろす所為等について) 原審及び当審において証人として取調べた組合員及び組合側関係者(宮崎茂、吉田孝美など)のうちには概ね一致して、階段上に坐り込んだ組合員は鉄道公安職員から手や足を掴まれ無理に引張られて排除されたものであり、足だけを引張られたために階段上を背中をつけたままごとんごとんと音を立てながら引きずり降ろされた者や手を引張られて階段を転落した者もあつた旨供述しているものも少なくない。しかし、関係証拠とりわけ押収にかかる写真九二枚(企業内諸要求獲得闘争写真集、稲田竜男及び倉橋満男撮影のもの、当審取調の右稲田竜男及び倉橋満男各作成の答申書に添付された写真集二冊と併せて、以下本件現場写真集と略記し、各写真はそのネガ番号で特定する。)及び証人田上和夫(原審一九回公判、なお、同人は当時RKBの報道記者であり、いわば第三者的立場にあつた唯一の目撃証人である。)の供述に、鉄道公安職員その他の国鉄当局関係者の証人としての各供述(尤も、差戻後の当審における鉄道公安職員らの各供述中組合員らの足を掴んで引張つたことはない旨の供述部分等には作為的なものも窺われ、全面的には措信できないものである。)を加えて検討すると、鉄道公安職員は坐り込んで抵抗する組合員らの一人に対し二人ないし四人位が一組となつて排除に当り、下方(組合員の前面)から組合員らに近付いてその足を押えつけながら手や衣服を引張つて組合員らを引き立て、その跡の空間ができると、横や上方(組合員の背後)にも廻り込んで、組合員の足のほか手や肩、胴などにも手をかけて、かかえ上げるようにしながら降ろし、下段に詰めかけて待機している他の鉄道公安職員に順送りに引渡す方法等で階段下まで排除し、組合員一人を排除するや鉄道公安職員が順次上方に詰めていつて次の排除に当つたものであることが認められる。又、排除に際しては、鉄道公安職員が組合員らの足を引張つて一、二段降ろすような格好になつたことや引き立てた組合員らを一緒に転落させるような格好になつたこともあつたが、全体的にみればそのようなことは少なく、しかも、そのほとんどが鉄道公安職員相互の呼吸が合わなかつたことや足を滑らせたり、二階信号所から浴せかけられる水や投下される物を避けようとして体勢が崩れたこと、あるいは抵抗する組合員らの力との競合等に起因する偶発的なものであることが認められるのであつて、原審及び当審における組合員らの証人としての各供述中右認定と相容れない部分はたやすく措信できず、弁護人の援用する本件現場写真集中の写真各葉も必ずしも弁護人主張の事実を認めさせるに足りないものである。すなわち

(I) 組合員らの供述によると、相当多数の組合員らが足を引張られ階段上をごとごとと引きずり降ろされたというのであるから、頭部、背部あるいは腰部などに打撲し、打撲傷としてもかなりの程度の傷害を負つた筈であり、しかも組合員側において本件の終了後に組合員の負傷等の状況を点検ないし調査等していることにかんがみれば、右多数組合員の受傷の事実を明らかにする医師の診断書等が存在するのが当然であると認められるところ、大石克巳及び井上俊明等を除きかかる診断書等はなく、証人黒川富通(原審一八回公判)、同占部日出志(差戻後の当審八回公判)、同原田保彦(同一三回公判)、同新貝馨(同一四回公判)、同石野五男(同一七回公判)及び同内田嘉治(同一九回公判)らはいずれも自己が鉄道公安職員から足を引張つて引ずり降ろされるなど、激しい方法で階段から排除されたという者であるが、右黒川らが医師の診察を受けず、診断書も作成してもらわなかつた理由として説明するところは、極めて曖昧で納得できるものがなく、これらの事実に徴し、又証人田上和夫の供述記載内容等と比照するとき、右組合員らの供述には作為や誇張の存することが窺われ全面的には措信し難いものであり、少なくともこれにより多数の組合員らが激しく危険な方法で排除されたものとは認められないところである。

(II) 本件現場写真集の写真の中には、C27の如く、労働組合員が過つて自ら足を滑らせたか、そうでなければ鉄道公安職員が下方から組合員の足だけをつかんで引張つているものとしか思われない状況を示す写真も存するけれども(これにつき鉄道公安職員である証人宮原正昭((差戻後の当審二二回公判))らは組合員が寝そべつて抵抗している状況であると供述するのであるが、右供述部分は措信できない。)、他方、A23とC30やA24とC32の写真においては、当該組合員(A23、C30では新貝馨、A24、C32では黒川富通と認められる。)の身体は、下方から足を引かれるなどしてかなりのび切つているものの、組合員の上方(背後)には鉄道公安職員が位置し、組合員の手を掴んで持ち上げるような体勢になつていることが認められるので、これらの写真は鉄道公安職員の関係証言にも現われる如く、組合員を二、三人の鉄道公安職員がかかえ上げるようにして下方に排除する際、過つて一時的に足だけを引張るような格好になつたことを示すものと解するのが相当である。(この点に関する証人新貝馨((差戻後の当審一四回公判))証人黒川富通((原審一八回公判))の供述等は措信し難い。)、また、右A23、C30、A24、C32のほかA19、B14、B15その他多くの写真は、先頭で排除に当つている鉄道公安職員の下方(後方)には多数の鉄道公安職員が一杯に詰めていて、少なくとも組合員の足だけを引張つて引ずり降ろすようなことが困難な状況にあつたことを示し、B3、B4、B11などの写真は一人の組合員を多数の鉄道公安職員が取り囲み、かかえ上げて排除しようとしている状況を示しているものであり、その他本件現場写真集の各写真及び押収に係る37・3・31久留米駅闘争現場撮影と題するスクラツプブツク貼付の各写真(栗山圭吾撮影のもの計一五枚)を検討しても、これらの写真は未だ鉄道公安職員が組合員らの足を引張つて引きずり降ろすが如き危険な方法で排除した事実を認めさせるに足りないものである。

そこで、先に全体総合的な観察として述べたところを振返り、右に明らかにした実力行使の実体につき違法性の有無をみるべきところ、本件鉄道公安職員の実力行使の如く、集合的全体としての行動において、その全体的行為を問題とする限り、個別的な行動は独立の意味がなく、部分としての価値を有するにすぎないので、その部分が僅かなものである限り、たとえ当該部分に違法があつても全体を違法ならしめうるものでないことは明らかである。(集合的行動を個別的に観察した場合にはなお更に、違法な個別行為が並存するからといつて、他の適法な行為が違法視さるべき理由はない。)したがつて、本件実力行使における排除行為をこれによりみた場合、その僅かな行きすぎ乃至違法部分をもつて、集合的全体としての実力行使そのものを違法ならしめるものでないことはいうまでもない。

その他弁護人の主張にかんがみ、本件記録及び原審取調の証拠のほか当審における事実取調の結果を加えて検討しても、鉄道公安職員の本件実力行使が差戻判決の説示する必要最少限度の範囲を超えた違法な職務執行であつたものとは認められないところである。

そうしてみれば、前示(4)の如く、職務執行中の鉄道公安職員に対し水を浴せかける暴行を加えた被告人吉木定らの各所為につき公務執行妨害罪が成立することは否定できないところである。

この点に関して弁護人は、被告人吉木定らは鉄道公安職員の違法な実力行使をやめさせるためにやむなく、わずかに数回水を浴せかけたにすぎないものであつて、その行為はもとより正当であるが、仮に鉄道公安職員の職務執行が適法と認められるとしても、被告人吉木らにおいては右職務執行を違法なものと確信していたものであり、右誤信には相当な理由が存するのであるから、適法な職務執行を妨害するという故意を欠くものであるというのである。

しかし、すでに説示したとおり鉄道公安職員の職務執行は全体として適法なものと認められ、被告人吉木定らはこれに対して水を浴せかけたものである。尤も前示((2)の(ニ)及び(3)の(ハ))のとおり、鉄道公安職員の職務執行を個別的にみる限り、許容限度を超えた部分が全くなかつたとはいえないのであるが、被告人吉木らは前示((4)の(イ)及び(ロ))の如く、全体としての鉄道公安職員の実力行使を妨害する意図で、右の執行集団に対し十数回(第一次実力行使の場合)又は数十回(第二次実力行使の場合)に亘つて、無差別的に水を浴せかけたものと認められ、個々の違法な職務執行の部分を対象として、これに抵抗して水を浴せかけたものとは認められないので、被告人吉木らの行為をもつて正当なものということはできない。また仮に、公務執行妨害罪における公務の適法性に関する認識が故意の要素であるとしても、関係証拠に現われる本件犯行の行なわれた経緯及び状況等に徴すれば、被告人吉木定らにおいて鉄道公安職員の職務執行を違法なものとして、相当な理由を以つて誤信したものとは認められず、むしろその適法性を未必的には認識しながら敢えて妨害したものと認められるので、右主張はいずれも俄かに採用できないものである。

その他弁護人の主張にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果を加えて検討しても、被告人吉木定及び同牛嶋辰良に対して公務執行妨害罪の成立を否定すべき理由は見出すことができない。したがつて、鉄道公安職員に許容される退去強制の限度を制限的に解釈したうえ、本件職務執行が右の限度を超えた違法なものであるとして、右被告人らの所為につき公務執行妨害罪の成立を否定した原判決は、法令の解釈及び適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

ところで、検察官の被告人山下森市に対する所論は、同被告人が被告人吉木定ほか数名の組合員と共謀して第一次実力行使中の鉄道公安職員約六〇名に対し水を浴せかけたという訴因を前提とするものであるが、本件記録を精査し、原審取調の証拠のほか当審における事実取調の結果を加えて検討しても、所論の右前提事実は認められないものである。すなわち

被告人吉木定を含む数名の組合員が、第一次実力行使の開始後間もない三〇日午後八時二二分頃から約五分間に亘り、東て子扱所二階信号所の南側及び東側の窓からその真下の階段付近で排除行為に従事中の鉄道公安職員に対して、バケツや洗面器を使用して水を浴せかけたこと及び当時被告人山下森市が右二階信号所の南側窓際付近にいたことは関係証拠上明らかなところである。しかし、同被告人は自己の行動について、オルグのために信号所に赴いたところやがて第一次実力行使が始まつたので、南側の窓から階段付近の様子を見ていたものにすぎず、その間鉄道公安職員に対して乱暴をやめろなどと叫び、他の組合員が水を浴せかけていたことに気付いていたけれども、自ら水を浴せかけたことは全くなく、その相談に加わつたこともない旨供述しているものである。

しかして、同被告人の右供述は捜査段階の当初から当審公判廷に至るまで終始一貫しているものであり、当初より水を浴せかけた事実を自認した上で行為の正当性を主張している他の被告人両名の供述態度と対比してみても、被告人山下の右供述はたやすく排斥することのできない真実性を有するうえに、本件現場写真集の中A5、A7、C12、C13及びC16などの写真により認められる状況(被告人山下が南側の窓枠に両手をかけ、煙草を左手指にはさみながら身を乗り出すようにして叫んでおり、その背後や側方から被告人吉木らが水を浴せかけている状況)は、被告人山下の右供述に副うものであつて、その信憑性を裏付けるものである。

尤も、原審及び当審において取調べた証人のうち、証人森盛枝(原審八回公判、差戻前の当審二回公判及び差戻後の当審一五回公判)、同藤田喜太雄(原審七回公判及び差戻後の当審三回公判)、同深川種彦(原審一〇回公判及び差戻後の当審二〇回公判)、同福島辰巳、(差戻後の当審七回公判)、同山口成敏(同一〇回公判)及び同藤瀬松次(同一八回公判)らは、いずれも被告人山下が自ら水を浴せかけているところを現認した趣旨の供述をしているのであるが、これら目撃証人の各供述内容を仔細に吟味し、特に前示現場写真と比照しながら検討してみると、森盛枝らはいずれも当時自ら段階付近において排除行為に従事し又はこれを指揮等していたものであり、頭上の二階信号所の南側の窓の方から水が浴せかけられたことから、混乱した状況の中で瞬間的にその方向を見上げたところ、南側の窓際に身を乗り出すようにしている被告人山下の姿を認めたものであつて、同被告人が水を浴せかけたものと見間違え若しくは錯覚した疑いが強く、各供述を相互に比照し前記写真その他の関係証拠と照合しても右の疑いを払拭することができないのでこれら証人の関係供述部分は未だ被告人山下の前記供述を排斥して同被告人の実力行為を認めさせるに足りないものである。

なお、前記訴因を関係証拠に照してみれば明らかな如く、本件公訴事実は二階信号所に居た二〇名余の組合員のうち、被告人山下及び同吉木を含む数名の者のみが共謀して水を浴せかけたというものであつて、右現場共謀にかかる数名の者とは、水を浴せかける者(目標を指示する者があつたとすればその者を含む)と水を水道からバケツ等に汲入れて運搬する者をいうものと認められるが、被告人山下が自ら水浴せかけ行為をした者と認め難いことは前示のとおりであり、水を浴せかけたという五分間に同被告人が窓際を離れたとは認められないので、水を汲み入れて運搬する行為に従事したものとも認められないところである。その他原審及び当審取調の関係証拠を検討しても、同被告人が水浴せかけの実行行為に加担した事実を証明することはできない(なお、被告人山下において同吉木らが水を浴せかけていることに気付いていたとしても、その事実のみをもつて公務執行妨害罪の共同正犯となしえないことはいうまでもない。)

そうしてみると、検察官の被告人山下森市に対する所論は、その前提たる事実が認められないものであり、同被告人に対して公務執行妨害罪の成立を否定した原判決はその結論において相当というべきものである。

以上のとおりなので、論旨は被告人吉木定及び同牛嶋辰良に関して理由があるけれども、同山下森市に関する限り理由がないものといわなければならない。

三  検察官の控訴趣意第三点中被告人山下に対する量刑不当の論旨について。

よつて所論にかんがみ、本件記録及び原審取調の証拠に現われる被告人山下森市の犯情を検討するに、

同被告人は国鉄労働組合員であり、同組合門司地方本部長崎支部長崎分会の執行委員長であつたところ、同組合が年度末手当の増額支給等要求闘争の一環として企画した国鉄久留米駅構内におけるいわゆる拠点闘争に参加した際、列車の正常かつ安全な運行を確保するうえで極めて重要な施設である東て子扱所の勤務員三名をして、勤務時間内の職場集会に参加させる意図をもつて、同駅長の禁止に反し敢えて右扱所に侵入したものであること等にかんがみる限りでは、原判決の同被告人に対する科刑が軽きに失するとの所論も決して首肯できないものではない。

しかしながら他面、同被告人の右所為は組合役員としての立場上、現地における組合指導部の要請に従つて行なわれたものであつて、勿論自己一身の利害に基づく行為ではなく、立ち入り等の態様も穏かであり、必ずしも組合員であつた同所勤務員の意思を無視しこれに反する行動をとつたものとも認められないこと、同被告人にはこれまでの個人的行状に非難さるべき点はなく、若い頃から旧満鉄及び国鉄の職員として真面目に勤務してきたものであることが認められる。

以上の諸事情を彼此総合すると、原判決の被告人山下森市に対する刑の量定は不当と断ずることができないものであり、その他記録を精査し、当審における事実取調の結果を加えて検討しても原判決の右科刑を変更すべき事由は発見できない。論旨は理由がない。

四  結論

所論にかんがみ検討を加えてきた結果は以上一ないし三のとおりであるから、刑事訴訟法三九六条に則り被告人三名の各控訴及び検察官の被告人山下森市に対する控訴をいずれも棄却すると同時に、同法三九七条一項、三八〇条に則り原判決中被告人吉木定及び同牛嶋辰良に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告人吉木定及び同牛嶋辰良に対して、次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

第一  原判決の認定した罪となるべき事実のうち被告人吉木定及び同牛嶋辰良に関する部分と同一であるからここにこれを引用する。

第二  久留米駅東て子扱所の二階信号所及び入口階段付近に対する国鉄労働組合員らの侵入、占拠によつて列車の正常な運転が阻害される虞れがあつたので、鉄道業務及び施設について警備の任務を有する鳥栖公安室長藤田喜太雄外約六〇名の鉄道公安職員(第一小隊及び第三小隊所属のもの)が昭和三七年三月三〇日午後八時二〇分頃から約七分間及び翌三一日午前二時二〇分頃から約三〇分間の二回に亘り、右入口階段付近を占拠して自発的に退去しようとしない右組合員らを実力で退去させるに際し、これを妨げる目的をもつて、

(一)  被告人吉木定は他の国鉄労働組合員数名と共謀の上、同月三〇日午後八時二二分頃から約五分間、前記職務執行中の鉄道公安職員約六〇名に対し、二階信号所窓からバケツなどで十数回に亘り水を浴せかけ、

(二)  被告人吉木定及び同牛嶋辰良は他の国鉄組合組合員数名と共謀の上、同月三一日午前二時二〇分過頃から約三〇分間、前記職務執行中の鉄道公安職員約六〇名に対し、二階信号所窓からバケツなどで数十回に亘り水を浴せかけ、

以て公務員の職務を執行するに当りこれに対して暴行を加えたものである。

(証拠の標目)略

(法令の適用)

被告人吉木定及び同牛嶋辰良の判示第一の各所為はいずれも刑法一三〇条前段、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に(刑法六条、一〇条に則る。)、被告人吉木定の判示第二の(一)及び(二)の各所為並びに同牛嶋辰良の判示第二の(二)の所為はいずれも刑法六〇条、九五条一項にそれぞれ該当するので、各罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、右の被告人両名に関して以上はそれぞれ同法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の各住居侵入罪の刑に法定の加重をなし、各その刑期の範囲内で被告人吉木定及び同牛嶋辰良をそれぞれ懲役三月に処し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日からいずれも二年間各その刑の執行を猶予することとし、刑事訴訟法一八一条一項本文に従い原審における訴訟費用の九分の八及び当審(差戻前及び差戻後)における訴訟費用の全部を被告人吉木定及び同牛嶋辰良の負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 平田勝雅 川崎貞夫 堀内信明)

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